ねばならない?
先日私のブログを読んで頂く方から、その内容が「年寄り臭い」と笑われたことがありました。二十年来の知己であり気心も知れていますので特にどうこう言うつもりもありませんで、さもありなんという気がしました。まあ当たらずしも遠からずと言ったところでしょう。
人のタイプはいろいろです。私という人間はどうやら覇気に欠け外に働きかけるという面が希薄なのでしょう。ここまで書いてすぐに思い出したのが学生時代の剣道部のある後輩です。やたらエネルギッシュで人間はこうあらねばならないとでも言って憚らないその姿が思い浮かびます。どうも私なんかには付き合いかねる男でした。
しかし、経済社会が要求するある一点においてはそれが現実だとは私も認識しています。そしてまた思い出しました。職場の上司が「経理は数字で話す。それだけに冷たい印象を与える。それを救うのはその人の人柄だ」そんなことを言っていました。
企業社会において各職能ごとに求められるべき姿があるとしても、その一点は機能面の要求に過ぎません。企業目的が定款に定める営業目的の遂行による社会貢献にある限りは否定し得ないことでしょう。しかしそれを支えるのは生身のこころを持った人間です。ねばならないだけで人を見ていいんでしょうか?
写真:千里山カフェウルーさん店先で。
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コメント
「一休さんに隠し子?けしからん!」お怒りごもっともです。その人は○山氏というのですが、そのことが書かれた本を見てみると要するに子供という意味の言葉があり、隠し子とは書いていませんでした。言葉は恐いですね。○山氏らしい表現と感心しました。それにしても仕事の合間にそんな本を読んでは旧跡を巡る、いい趣味だなと思うのです。
投稿: 凡人 | 2008年2月 1日 (金) 09時16分
本当にいいお友達ですね.
読んでくださって、感想を言ってくださって.
私だったらボコボコに殴ってるかもしれませんが..
私は全然、年寄り臭いなんて思いませんけど。むしろ率直で気持ちいいくらいです.
自然体で居られる幸せに尽きますね.
一休さんに隠し子?けしからん!
投稿: コン | 2008年1月31日 (木) 22時49分
匿名希望 さん
そのときは久しぶりにあったのでいろんなことを喋りました。彼は一休さんの隠し子の墓のある寺に行った帰りだと言う。私はそういえば一昨年フェノロサの墓に行ったと言う。幼稚な笑いさえあればいいという馬鹿話ばかりが幅を利かす今、時として下世話ではあるがそれなりに興味深い話に興ずることのできる得がたい知人(先輩)は貴重なものです。年賀状には早速フェノロサの墓行ったよと報告がありました。
投稿: 凡人 | 2008年1月30日 (水) 21時18分
「年寄り臭い」とかのたまわった論評は、辛口かなと思いますが、そういうフランクな読者は大事にされた方がいいと思いますよ。私のブログなんかホントはどう思われているのか、なかなか真の声が聞こえてきません。自己陶酔と自己顕示欲なしには続きません。程度もの。
投稿: 匿名希望 | 2008年1月30日 (水) 16時35分