からくり
少し古いが『「やめる」から始める人生経済学』(森永卓郎』という本がある。「いまの生活を見直してみたらどうだろうか。勇気を出して、思い込みを捨ててみたらどうだろうか。」と森永さんは仰る。「会社」や「世間」そして「自分」それらのものをやめてみればというのである。
良寛にも「棄てて得る充実」というのがあったし、鴨長明の方丈記もそうだった。今しがみついている何かとは、そのほとんどが自らの思い込みに過ぎず、思い切って棄ててしまえば意外と大したものではなかったと思えるものが多いのかもしれない。
そして昨日の産経新聞オピニオンに作家の曽野綾子さんがお書きになっていた。「人間の生活は、物質的な満足だけでは、決して健全になれない。むしろ与えられていない苦労や不足がたとえようもない健全さを生むこともある。このからくりをもう少し正確に認識しないといけない。」と。
「からくり」か、なるほどと思う。道元の言葉に「貧なるが道に親しきなり」という言葉もあったと思う。追い求めれば届かない、捨て去れば向うからやって来る。棄てなければ得ることはできない。まさにからくりである。酒捨選沢というではないか![]()
写真:笠についていた金具をとってもらいました。
テレビが人間の時間を奪う
窓越しの空、居間の今、冷奴の存在感、そんなものたちとしばし酒を楽しむ。「食事のときだけテレビつけていいですか」と妻が問う。本当はイヤなのだが渋々同意する。ニュースならと思って聞いていても麻生降ろし、民主党代表の政治献金のこと、いろいろな事件、石川遼等々。自分が不機嫌になっていくのが空しい。気づかれぬよう耳栓をして「孤剣 用心棒日月渉」へ。
テレビが各家庭の居間に入り始めたのは「三丁目の夕日」の頃、昭和30年代前半だった。名犬ラッシー、プロレス、東芝日曜劇場なんかが思い出される。姉と番組争いをしたのも懐かしい。電波事情も今より悪かったのか雨が降ると画面が乱れた。いずれにしても嬉々としてテレビを見ていた自分だったのに、そしてついこの間まで見ていたのに。何が変ったのか。
お酒の味が無くなる。見たくもない番組を見ながらお酒を飲むことの困惑。私の場合これは罪悪である。政敵をけなしてばかりでちっとも国政のことが考えられない日本という国、十代の若者がゴルフだけに自分の青春を賭ける姿に喝采を贈りヒーローに仕立て上げるテレビ局と視聴者。どうしてこんなつまらないものを見せられなければならないのか。見たくない人もいるのが分からない人が多い。煙草と同じではないか。
テレビが化け物になったということである。人間の欲望が科学技術と相まってテレビという化け物を作り出したということであろう。化け物は人間を支配し、毎日毎日気の遠くなるような人間の時間が浪費されている。莫大なお金がテレビに食われている。お金とはつまるところ人間の時間である。テレビが人間の時間を奪うのである。
テレビは真の会話をなくす。
写真:簾出しました。 本日の特別付録 → 浮雲日記
天保山渡船場
大阪港周辺には大阪市の運営する渡し舟がある。以前テレビで映されているのを思い出して調べて見ると八つの渡船場があることが分かった。最も有名?なのが天保山渡船場で天保山と桜島の間400メートルを結んでいる。面白そうなので例の凡人弁当を用意して出かけた。
梅田からJR環状線で西九条へ、西九条からゆめ咲線とかいうので終点の桜島まで乗車。この線は有名なユニバーサルスタジオジャパンへ行く線でもあり.、電車はご覧のように超度派手なもので、これを見るだけでも楽しい?
桜島駅から歩くこと数分。渡船場に着くと数人の乗船待ちの人が待合室にいる。安治川越しに海遊館の建物や大きな観覧車が見えるし、遠くには橋元知事が移転先に考えたWTCの高いビルも見える。
間もなく向こう側から舟が到着。外人が数人、USJの関係者か。交代で乗船すると船が動き出し、ああ気持ちいいと久しぶりの船の旅を楽しみ…と思ったらあっという間に到着。まあそれでもやっぱり海の風はいいと…思ったのはここまでだった。あとは何だかんだのトラブル続き。
トラブル① 天保山公園で凡人弁当を美味しく食べていると、雀が何十羽も近寄ってくる。弁当目当てなのが分かる。ヒッチコックの映画「鳥」を思い出して何か不気味になった。凡人が数回追い払ったが、その都度また寄ってくる。そのうち鳩まで寄ってくる。昔の俳人は我と来て遊べや親のない雀と詠ったが凡人にはそんな風雅は無し。
トラブル② 次の渡し舟は甚兵衛(じんべえ)渡船場。地図を好い加減に見ながら歩いたので、よく分からない。途中で聞くもまた不明。そのうちまったくわからなくなってしまって自転車で来る人に「この近くの地下鉄の駅は?」と聞いてたどり着いたのが「ここさっき歩いたやん」と夢子さん。イメージとしては荒涼とした砂漠をトボトボと歩いた凡人たち…
結局よかったのは最初の船の上の涼しかった風と見晴らしだけ。帰りも試行錯誤の後関大前の王将でギョーザとビール頂いて帰りました。暑かった~![]()
「苦をなくす」ではなく「苦でなくす」
NHK教育テレビ「知る薬」で、ひろさちやさんが般若心経についてお話されていた。般若心経自体はともかくとして、心に残った言葉がある。『「苦をなくす」ではなく「苦でなくす」と考えなさい』。『すべてのものには実体がない』という言葉と合わさって私の心にしみとおって来るように感じられた。
たしかにそうだと思う。苦しい、悲しい、寂しい、辛い、人間は様々な事象に対面していろんな感情をもつ。そういう感情を追い払おうとしても、目の前にあるモノを払いのけるように簡単なことではない。それらはすべて自分自身の心に生じていることなのだから。そして自分の心を払いのけることなど不可能なのだから。
変るとすれば自分の心である。「苦をなくす」ではなく「苦でなくす」である。情報ばかりに目を向けて自分自身の心に向ける目をなくしてはいけない。いたずらに有名な観光寺院を訪れて写経をすることだけが方法ではない。折込チラシの裏に鉛筆で心の動きを書きとめることのほうが私には好ましく思われてならない。
自分自身の心と向き合い真摯な対話をすることを大切にするなかでそんな境地に到りたいものである。そして究極の理想は無我なのだろうと思う。無我は自然と一体となる。だから「苦を」からは脱し、「苦でない」が可能なのだろう。凡人の私に果たして可能か?二合で終わることは苦ではなくなってきたのだが…![]()
心は和ぎぬ
霞立つ永き春日に鶯の鳴く声きけば心は和(な)ぎぬ
この、「心は和(な)ぎぬ」という表現の、なんという静かな幸福感を内包していることだろう、微妙というしかない。心の動揺がおさまり、おだやかに、平和になったというだけではない。これ以上求めるもののないほど充実しているというのである。これこそ人として求めうる最高の状態であろう。この世に生まれて、ひとときでも完全にこういう心の状態になれた人は、その人こそ生きたといえる。
この本の裏表紙に“平成12年秋”と書き込みがある。まだそんな心の状態を感じたことは無い。せめてもと思いブログのサブタイトルとして掲げている。
写真:郡上八幡で見かけたお地蔵様
白馬童子だあー
メタボ対策で自転車通勤をする方の映像が昨夜のNHKの特集で放送されていた。ジテツーというらしいが、一週間で腹囲が2センチ、体重が5キロ減ったとのこと。私も現在元の体重、腹囲に戻ろうと鋭意努力している。
自宅から稽古場所の体育館までは歩けば一時間ぐらいの距離。まあ暑い時期だけでもと思い、昨夜の居合の稽古には私も自転車で出かけた。先日の定額給付金でバッテリーを買い換えた妻の電動自転車を使わせてもらったが、感心なことにできるだけ自力走行をする。
着替えが面倒だし稽古着持参は荷物にもなるので、家で稽古着に着替えてそのまま街中を走る。千里山の山頂付近から大阪府営服部緑地の中を刀をたすきがけにして袴の裾をひらめかし疾走していく。白馬童子だあー。![]()
1時間半みっちりと稽古して汗を流す。努力すれど上達せず…でもまあ努力が大切。気にはすれども落ち込まず。ほとんど登りの帰り道を何とかたどり着き、さあ風呂入ってビールやと思ったら、「あっ風呂つけるの忘れてたわ」。
写真:千里山第一噴水。阪急千里山駅を降りてレッチワースロードを登ったところにあります。千里山はイギリスのレッチワースの街をモデルとして大正時代に開発されたそうで、通りの名前の名付け親は噴水の手前にある英国パブアリーナ・タヴァーンのマスターだそうです。
付録:裏ブログ浮雲日記(←クリック)もあります
二合の酒、追伸
一日仕事をして、それなりに頑張ってさあ少しだけという意識でのお酒である。誰か一緒に飲んでくれとは思わない。むしろ一人静かにほおっておいてくれたらそれが一番有難いと思う人種である。何故か。酒は心の安らぎだと思う。その意味では人は自分を感じながら飲むべきだと思う。決して自分を見失うような好い加減な飲み方をすべきではない。
そんな貴重なときを奪うのがテレビである。ニュースでさえも私は好まない。流される情報のほとんどが悪の報知である。何を好き好んで知りたいと思うのか、私には理解できない。あいつが悪い、こいつも良くない。それが終わると阪神、サッカー。毎日毎日これでもかである。本当に思う、テレビなんか要らない。
某ブログにあった言葉「要は心の通い合い」。心とは何かを思うということ。真摯に自分に向き合うということではないか。テレビの映像を見ているときに人は何かを思っているのか。私は違うと思う。少なくともその時点では映像を受け止めているだけではないか。何かを思うあるいは考えるためにはその後自分に戻らなければならないのではないか。そのままではその人はいない。
酒も人生も限りがある。二合の酒だからこそ美味しい。限りあるものを大切に楽しませて欲しいと思うのは馬鹿で変人で我侭ということになるのだろうか。とにもかくにも犯罪者や悪人や強欲者の顔ばかり拝まされては美味い酒も不味くなる。極端な言い方をしたがそれだけテレビがひどいということである。
写真:京都下賀茂神社の糺すの森
二合の酒
元の体重に戻さなければと先日から続けていることがいくつかあるが、お酒の量を二合に抑えるということもその内の一つである。もっとも安全弁だけはつけていて、無理はしないで週末の金曜日から日曜日までは二合にちょっとだけ(?)プラスすることでストレスにならないように気をつけている。
家で仕事が終わる日は五時を過ぎると階下のシャッターを降ろして仏様にご挨拶。奥の方から「もお飲むんか」という声が聞こえてきそうだが無視。いそいそと居間に移動して定位置に着く。テレビはつけずその日の気分に従って何か読物を脇に置き、とりあえずビールを注ぐ。一息ついて何事も無く今を過せていることに感謝する。
もっともそんな日ばかりが続くわけでもない。昨日などは居合の稽古の日だったが夕刻からある事案の検討に没頭していた。法律を事実に当てはめてその適用の可否を判断する。ある意味ではもっとも税理士らしい瞬間なのかもしれないが、その判断の適否を相談する相手がいない、というか全責任を負うのが我々の仕事なのだと自戒する。
ビールが終わって、お酒を飲みながら時折思う。みんなまだ頑張ってるやろな、こんな時間にこんなにノンビリとしていていいのかなと。たしかに様々な意味で恵まれていた自分がある。しかし自分なりに悩みながらそれを乗り越えてきたのではと思える部分もある。そして思う…こんなものではないかなと。
二合の酒はあっという間である。限度を設けなければいくらでも飲める体質である。ビール一缶と湯呑に2杯の神亀。制限するようになってからは大事に大事に味わうようにしている。湯飲みに残る二杯目の神亀を見ていると愛おしくなる。酒はやはり夕日を見ながらに限るし、物思いながら飲むのがいい。二合の酒、いい試みだったかなと思い始めている。
路面電車
午後からは晴れるという天気予報だったので、それでは軽く歩いて沢山ビールと凡人らしい安易な企画となった。緑地公園駅から御堂筋線、千日前線、堺筋線と乗り継いで恵美須町駅に到着。行先としては安倍清明神社と住吉大社を予定したが、本当の目的は阪堺電気軌道の路面電車に乗ることである。
阪堺電気軌道には阪堺線と上町線の二本の路線があり、ここ恵美須町駅は阪堺線の始発駅。とりあえず途中の駅まで乗り、そこから安倍清明神社まで歩く。同行した夢子さんは「あ、通天閣が見えるわ」とか「のんびりした電車やな」とか喋りながらも、キョロキョロと窓の外を見たりして、とにかくうるさい。
安倍清明神社をまわると、今度は上町線の電車に乗り換えて住吉大社へ。住吉大社は朱塗りの太鼓橋が印象的な立派な神社だった。境内では丁度植木の競り市が開かれていて楽しく見物することが出来た。競りというのは値段が段々せり上がっていくものだと思っていたら、ここでは逆に下がっていくのが可笑しかった。
住吉大社から一路天王寺駅前まで乗る。天王寺駅前は学生時代に友人達とたまに行ったサントリーバー(←クリック)が懐かしい。夜遅くまで飲んではこの路面電車が通る道を引き返した記憶があるが、その店も数年前に閉店してしまった。駅から歩道橋に登って見渡すと再開発の工事が進んでいた。結局変らないのはこの路面電車だけのようである。
本質に迫る姿勢
【前】…抜き付けてから切り下ろしに移るまでの間がありすぎる。その間に敵は逃げている。形だけの居合に陥っては意味がない。
【後】…膝を立ててから振り向いて抜き付けるまでの間がありすぎる。「前」と同義であろう。
【受流し】…低い位置で相手の刀を受け、そこで右足を入れると同時に立ち上がりながら受流す。立ち上がったところで受流すのではない。立ち上がる過程で受流す。
【柄当て】…後ろの敵への突きが弱い。これは右手よりも左手の絞込みの弱さに起因する。つまり突きは両手の動きが相まって威力を発揮する。
…突いてから振りかぶるとき腕は前に動いてはならない。頭上に上げる意識で。
【袈裟切り】…逆袈裟の切上は構えてから行うに非ず。歩行の動きのなかの出来事である。
【諸手突き】…顔面への抜き付けに威力が無い。何故か、抜いてから斬っていることそして左足の引付が無い、その二点に因がある。
…振り返って斬る際に、まず相手を気で圧してから一気に切る。ここで思うのは刀は斬った相手から次の相手に動く。そこには正解としての動きは一つしかないのではないか。合理的な動線を辿るはずである。それを邪魔するのは他でもない自分自身の心身の我侭である。刀の主張に自分を合わせるのが筋であろう。このことはすべての技において当てはまるはずである。ごまかしてはいけない。自分に厳しくあらねばならない。
各業でいろいろとできていない部分があるが、その原因は本質的にはいくつかの項目に絞られるようである。つまり稽古を行う場合その本質に迫る姿勢が求められるということのように思われる。
写真:新緑の神護寺にて。持参したおむすびと茶店で買った缶ビール。これで十分な贅沢ではありませんか。心が満足すればいい。無欲一切足。
神護寺にて
明け方うつらうつらしつつ止めとこかなと思うと、しほさん(←クリック)の“無理してでも頑張って早朝ウォーキング”という言葉がチクチク思い出される。7時ごろの目覚まし時計のやかましすぎる音にて起床。仏壇に炊き立てのご飯をお供えするといつものようにオムスビづくり。同時終了で妻がおかずを作ってくれた。
「忘れ物無いか、無理すなよ」のアタタカイ?言葉に送られて家出。阪急嵐山駅に降りて歩き始めたのが10時10分。10キロも無いのだから楽々と思っていたが、大覚寺の裏手にある直指庵に抜ける道が「無い」。結局大沢池をグルッとまわっても見つからず、ずっと前を歩いていた若いご夫婦にお聞きして一件落着。阪急のガイドブックは分かりにくい。約20分ロス。花子ママさん(←クリック)、やっぱり人間は助け合って生きていくもんですね。
その直指庵近くから“小さな板の橋”を渡って京見峠への山道に入るということであったが、小さな板の橋というよりも、はっきり言って細い用水路に細い板が渡してあるだけだった。両手をヤジロベエのように広げてバランスをとりつつ越えた。こりゃあこの先が思いやられると思ったのは正解だった。
京見峠というから京都が見渡せる少しは広々としたところかと思ったが後から考えると菖蒲谷池へ下る道標がみすぼらしく立てかけられていて何かを祀る小さな祠らしきものがあっただけ。ここでも少し迷った。加えてこの山道は女性には少しきつくて、一歩踏み外すと危険な箇所もあり、本日独行も正解であった。
菖蒲谷池は親子連れの姿が目立ったが、どの家族あるいはどのグループも例外ないかのようにバーベキューである。自分が歳をとったせいかもしれないが山の中にドライブウェイが通り、自動車でやってきてはワイワイガヤガヤ、挙句の果てはたどり着いた高尾の寺のすぐ下の禁止区域の河原でも騒いでいる人たちがいた。
すでに諦めていたはずなのに、こんなところまでも衆愚は及ぶのかといささか辟易とする。高山寺からの帰りのバスの停留所には団体のハイカー達が列を成していて案の定バスは通勤時の様相を呈した。団体は時として個人を越えた力となる。山道でもときとしてこういうパーティに遭遇することがあるが、しばらくは不運と通り過ぎるのを待つのみである。
そして神護寺。先日書いたように無信心の私である。五百円の拝観料など払うはずも無い。関所で駄弁るおっさん達を見ると余計にそう思う。門前で汗を拭いたら文字通りこちらから門前払いして石段を降りた。しかし昼食を食べる適当なところが無い。考えながら降りるうちに茶店があり、新緑の景色も素晴らしい。
70過ぎぐらいのおばさんがどうぞと言ってくれた。「ビールありますか。ついでに弁当食べさせて頂いてもいいですか」と問いかけると、にこやかに「どうぞどうぞ」と言ってくれた。本当はビール頼まなくてもよさそうな口ぶりだったが、そこはやはり気持ち、結局二本頂いた。拝観よりも麦酒缶。こっちのほうが余程有難い。
しばらくそのおばさんと世間話をさせて頂きながら弁当とビール。新緑のなかでの「昼酒」こりゃあやっぱりカテゴリーは“ほろ酔いかげん”かとも思ったが、二本で終わったのでやっぱり“ウォーキング”。でもほんの一瞬こんな季節にこんなところでこんな気持ちのいいお酒を頂くのは贅沢すぎるなと思いました。そしてすぐに思いました。今度は本格的に飲みに来ようかと…
写真:嵐山から清涼寺へ向かう道すがら見かけたお地蔵様。こうして断片としてみる嵐山のほうが現実の嵐山よりも美しいのは何故でしょうか。ほんとうは新緑の中の昼食時のビールの写真をと思ったのですが、出来がいまひとつ。二本飲んだせいでしょうか。
神護寺へ
土曜日の夕方ということでお酒を楽しみつつ山歩きの本をパラパラとめくるうちに「奥嵯峨 菖蒲谷池・三尾コース」が距離も短く軽く行くにはちょうどいいかなとコースの内容を辿った。三尾とは神護寺・高山寺・西明寺の三つの古刹をいうが、そのなかの神護寺は見ていくうちにいろんなことが連想された。
先日図書館で借りた本のひとつが「白洲正子と楽しむ旅」で、そのなかに京都高雄の神護寺があったし、昔読んだ岩波新書「京都」にも神護寺についての記載があり、当時荒れていた寺を再興したのが文覚上人であると記されていた。そしてその文覚上人は芥川龍之介「袈裟と盛遠」の主人公盛遠その人であり、「袈裟と盛遠」は以前ブログでのコメントのやりとりをさせて頂いた凛さんの語りの記憶も懐かしい。
コースは阪急電車の嵐山駅を基点として渡月橋を渡り清涼寺、大覚寺、直指庵を経て京見峠の急な坂を歩く。登りきって菖蒲谷池で休憩をとると再び山中を歩いて三尾に至る。若かった頃は車の助手席に後の妻を乗せて嵐山高雄パークウェイを走った記憶がかすかにある。先週明石を歩いたばかりで山道ということもあり、妻の同行は避けて明日は久しぶりの独行で8.5キロのコースを歩いてみようと思っている。
そういえば神護寺の石段で会社の同僚と撮った写真もいつかのブログに載せたことがあったっけ…。あれからゆうに30年は過ぎたことになる。でも時間が過ぎたとはどういうことなのか。何年たとうとあの頃の私は今の私である。あの頃の神護寺も明日の神護寺である。できれば神護寺の『かわらけ投げ』をしてみよう。
連休最後の日
昨日図書館へ行き「大阪人」という雑誌をパラパラめくると…
昔たまに行った十三の特集。
わたしがよく行ったのは「しょんべ○横丁」
今回はじめて知ったのは十三の両雄「中島酒店」と「酒のイマナカ」
「中島酒店」はけしからんことに休みの日は休み?
「酒のイマナカ」(←クリック)は真面目な店で年中無休。
で
店の前まで行くと昔からの営業形態のひとつ
製麺やさんの讃岐うどんの店と同じ
酒屋さん兼立ち飲みやさん。
お、ええ雰囲気やん!
でも迷った
連休最後の日
家で昼酒もええなあ~
1回店の前を行ったり来り。
結局ヤメ。
帰りに阪急オアシスでいろいろと買って帰って
3時過ぎから独宴会。
図書館から借りてきた本など読みながらの一人酒。
ああ最高
かくて連休最後の日はすぎていくのでした…
写真:息子の嫁さんにもらったグリコのプッチンプリン。内容量400グラム。普通のプッチンプリンは75グラムぐらい。
明石~朝霧
JRにて明石着。あとで気がついたのだが千里山から阪急で三宮まで出て、JRに乗り継いだほうが一人片道約五百円安い。JRの安易な利用は考え物である。二人往復だと二千円の違いは大きすぎる。
ここしばらく妻と行くコースは神戸方面ばかり。布引の滝、お多福山、今回の明石。京都方面と比べるとやはり海が配置されていることで開放感がある。また三宮あたりまでのように山が迫ってくるような圧迫感もなく、山から海への勾配も明石あたりになるとゆったりしていて歩きやすい気がする。
コースにはいくつかの神社仏閣が配されているがすべてパスする。宗教心の無い私のような者が行っても意味は無いし、誰それに縁のあるなどという修飾語でしか捉えない宗教施設などに価値は感じない。そういう意味での京都は私にとって何の意味も持たないただの街である。
明石城からの「時の道」からは明石海峡大橋が視野に入る。光と風と緑の中を歩く心地よさを感じるうちに明石市立天文科学館に到着。4階の展望台の人間日時計に腰掛けさせて頂いて昼食をとった。定番の中身だが海を眺めながらだから十分に美味しい。
プラネタリウムは子供向けの時間に見学。しかしこれが北斗七星、これがさそり座などという知識よりも宇宙の不思議さを少しでも感じさせてくれるような部分が欲しい。若いお父さんが「こんなところに来てまでマンガなんか読むな」と男の子を叱っていたが、気持ちがわかると同時に子供の目線で一緒に楽しむ努力をと願った。
海岸に出ると明石海峡大橋が目前に迫り、海を見ながら歩く道が朝霧駅まで続いている。しばらく何も思わず海を眺めるのが心地いい。朝霧駅の下に堀江謙一氏のリサイクルヨットが展示されていた。そばに数々の業績を記した展示があったが正直言って個人的なことではないかという気がするのだが…
うまく普通電車が到着してすぐに乗車することができたが一度腰を降ろすともう満員の快速に乗り換える元気が出てこず、三宮で阪神電車に乗り換えてからも普通電車。結局二時間近くかかって甲子園に向かう乗客で混雑の始まった梅田駅に着いた。連休ぐらいノンビリ行けばいい。
写真:明石海峡大橋。開通したときに走ったことが思い出されます(←クリック)。淡路島につく頃潮の香がしたのが忘れられません。









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